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宝石の効能
その神秘的な美しさから多くの宝石は古代から医薬としての効用を果たすものだと信じられてきました。
澄みきった秋空を思わせるようなサファイアは 18世紀頃のドイツの薬局の定価表のなかに1ポンドにつき 16グロシェンと書かれておりました。 古代のインドでは腸潰瘍やさそりの解毒剤に用いられ はては癲癇や脱腸にまで特効があると信じられて 粉末にして使用していたと言う。もったいない話ですね。
ただ、サファイアを長時間見つめていると 眼病によいというのは 本当かもしれませんね。現代でも 眼には青色がいいとされてますから。
眼には青色がイイと言えば、昔 エジプトではラピスラズリーをすりつぶして眼のふちに塗ったという記録があります。今でいう、アイシャドーですが これは眼の疲労を防ぐ効果があったようです。 砂漠等 強烈な太陽の光のもとでは眼をいためる率が多く、当時の人々が考え付いた知恵なのでしょう。
また、トパーズは夜になると光を発すると信じられていた時代があり、これが眼病の特効薬になると解釈されたようです。トパーズを3日3晩葡萄酒につけて 患者の眼の上に置くと回復すると まことしやかに書かれた本もあるから 面白いものですね。
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オパール
オパールはその妖しいく輝く7色のお陰で 迷信では不吉な石と言われています。
南米のある地方ではこのオパールの輝きは 石のなかに『蜂雀』という鳥が入っているためだと 言い伝えがあります。
蜂雀はたいそう美しい鳥で その美しさ故 神々の寵愛を一身に受けており 素朴な村人達もこの鳥を大事にし 捕ることはおろか、少々の悪戯も大目に見ておりました。
やがて 年に一回の祭礼の日が来て 村人は綺麗に着飾って それぞれにお供えを持って神々のもとにやってまいりました。村人達が祭壇にお供物を捧げ、お祈りをしていますと 蜂雀がやって来ました。蜂雀はお供物を食べ始め 驚き悲しんでいる人々に食べ残しまで投げつけだしました。
それでも 村人達は神々が寵愛しているこの鳥を捕らえようとはしませんでした。調子に乗った蜂雀は ますます乱暴を始めた時 祭壇の奥から閃光と共に一つの大きな石が飛んで来て その蜂雀を倒しどこかにつれさってしまいました。
後日村人が連れ去った方角を探してみると それはそれは見事な虹色の輝きを持つ石を発見しました。村人はこの石を見て 神々の寵愛を良いことに思い上がった蜂雀が 神の怒りに触れ石に閉じ込められたものと 信じたそうです。
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真珠物語り ◇万葉集◇
筑前の国の漁師として少しは名の知れた宗形部津麿という人が、領主から対馬へ食料を送り届ける船頭となる事を命ぜられました。
これは荒波で名高い玄界灘を無事に乗り切らなければならない大役です。
しかしこの大役を仰せつかるのには自分にはもう年齢的に無理だと思った彼は、さっそく知人の海人荒雄を訪れて、「実は頼みごとがあるのだが聞いてはくれまいか」
と相談を持ちかけました。
荒雄は「今更何を改めておっしゃるのだ。あなたと私の間柄ではないか、妙な遠慮はせずにいいたまえ。」と気軽に促しました。
そこで津麿は「もう知っての事とは思うが、御領主様が自分を対馬行きの食料船の船頭にお命じになられたのだ。しかし、もうこの歳ではあのような荒海を乗り切る事は到底不可能に思える。
けっして命を惜しむのではないが、万一失敗でもすれば ・・・と考えると、やはり誰か若い腕のたつ人に変わってもらうべきだと思う。
だがあれこれ考えてみるとこの大役を果たせる人物は、あなたをおいて他にないように思うので、一つ引受手はもらえないだろうかと頼みに来た次第だ。」
この話を聞いた荒雄は、二つ返事でこれを引き受け船出しました。
対馬を目指してしばらく行くと一天にわかに嵐となり、やがて暴風となって海は荒れ狂い逆巻く波に船は木の葉のごとく弄ばれ、ついに海底の藻くずと消えてしまいました。
夫を失った妻の嘆きようはこのうえなく、死んだ彼は真珠の珠となっているものと信じついに彼女はその真珠を探す為に、海鳥となってくる日も来る日も海に潜っていたということです。 |
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真珠物語り ◇東遊記◇
昔、越後の近くに福島潟というところがありました。
この潟には主が住んでいるという専らの噂がたっておりました。
その主というのは大きさが1メートルもある大貝で、その口中には大きな珠をもっているといわれていました。
この大貝は満月の夜には必ず口を開いて、月と自分の珠の美しさを競い合うのですが、その珠の大きさといったら拳程もあるもので、明けの明星のようなキラッとした光を放つのでまばゆいばかり。
だが人が近付くとみるやたちまち口を閉じて水底に潜ってしまうか、または口を開いたまま水面を矢のように走るので未だ誰もその貝の住処を知らないという事でした。
時に村にひとりの若者がおりました。
ある日彼が神参りを致しておりますと、近郷ではついぞみかけた事のない美しい乙女がおりました。
彼はその天女のような美しさに、ただ呆然と立ちすくみました。
それからというものは、彼は何かに憑かれたかのように、毎日同じ神社に参りましたが、再びその乙女にあう事が出来ませんでした。
十日経ち二十日経ち一月もたったある日、まぎれもないあの乙女が神前にたたずんでいる姿をみた彼は、我を忘れて求愛致しましたところ、その乙女は、「潟にいるあの大貝の持っている珠を持って来てくれたなら・・・」と答えました。
水泳の達人でしかも力自慢の彼は、乙女恋しさに村人の止めるのも聞かず、月夜の晩にそっと船をだし、大貝の現れるのを待っていました。
暫くして、大きな水柱が立ったかと思うとあの大貝が姿を現わしたので、彼はすかさずその珠をとるべく貝の口のなかに手を入れましたところ、大貝は蓋を閉じるや否や、その手を挟んで彼を水中に引き込んでしまい、そのまま行方知れずとなってしまいました。と同時に、神前にいたあの乙女の姿も消えてしまったので、のちに村人達はこの乙女のことを大貝の化身と信じ語り伝えたという事です。
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珊瑚
珊瑚は実はヒトデ等と同じ花虫類に属するれっきとした海の腔腸動物なのです。 と言っても、あの樹木に似た珊瑚樹がそのまま一匹の生物ではなくて花のような触毛が羽毛状に分かれて口の処を囲む、いわゆるポリープと呼ばれるものが群体をなしていて、ちょっと見には虫のようですが卵もあり、幼虫はプラヌラと呼ばれています。
つまり珊瑚の本質と言うのは、このポリープと呼ばれるゼラチン状の独特の層から分泌されるものなのです。体の周囲をパイプ状の炭酸カルシウム主体の石灰質で覆い多孔質の珊瑚を形成します。
しかし新生の珊瑚虫は死滅した祖先の上にパイプを形成し、根元から石灰質を分泌して祖先の多孔を埋め、ムクで硬い枝を作り出します。
これが宝石用珊瑚なのです。
解り易く書くと、ポリープが沢山集まってお互いに癒着し樹枝状になって海底に根を降ろしたような形で生活している。
個虫が死ぬと組織は腐敗して骨格だけが残る。
それが一般にいう珊瑚なんですねぇ。 |
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〜アクアマリン編〜
アクアは水、マリンは海。
コバルトの地中海の水の色を思わせる宝石です。
この石はエメラルドと同じ緑柱石(べリル)の一種で極めて高い透明度を持ち、無傷の物を多く産出します。
一般に淡色の物が多く、緑色味が強くなる程価値が低くなるので熱処理によってより美しい海水青色にする事も行われていますが、その色は不変なので価値的には問題はありません。
主産地はブラジルで、ロシアやスリランカなどでも採れます。
アクアマリン結晶の中で最大のモノは110,5kgの重さがある大きなものです。
1910年8月28日にブラジルで偶然に掘り当てたそうです。
この結晶は高さ50cm直径40cmあり、明らかな6面のしかし少し不完全な結晶境界面を有しています。
色の分布は明らかに識別できる程累帯状でそれは外側が緑、それから黄味がかった緑、そして核の部分が青味がかっていました。
若干のヒビや亀裂を無視すれば、この結晶はインクルージョン無しで純粋であり、 非常に良いカットの結晶だといえるでしょう。
アクアマリンはエメラルドと同じ鉱物ですが、その価値観や値段には相当の開きが あります。
でも、アクアマリンという石は夜の光を受けるといよいよ透明に煌めくという性質を持っていますので、ナイトクラブ、カクテルパーティー、カジノなど
華やいだ雰囲気の処には相応しい石ではないでしょうか。
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ダイヤモンド(南アフリカ偏)
ヤコブの宝物
1866年南アフリカのホープタウンに住むオランダ人農夫の息子ヤコブは いつも遊ぶオレンジ川の岸辺にキラキラ輝く石を見つけました。
いままで見た事のない綺麗に輝くその石を、ヤコブはうちに持ち帰り自分の 宝物のヒトツに加え時々宝箱から出しては眺めたり遊んだりしていました。
ある日しまい忘れて転がっている石を見つけたヤコブの母親は「何の石だろ う」と思い隣に住むボーヤ人に見せたところとても気に入られ「ぜひ譲
ってほしい」と何度も言われ、それならばと言う事であげてしまいました。
とても喜んだボーヤ人は、街に出かけた時に自慢訝に人に見せていたところ 商人の目に留まり「この額で買い取ってやろう」と言う誘いに乗りわずかな
額で手放してしまいました。
商人はただならぬ石の輝きに「なにか価値のあるものに違い無い」と思い「まさか」と思いながらも、この石でガラスに名前を書いてみました。。。
その結果に驚喜した彼は地質学者アーサーストン博士に鑑定を依頼、そして アフリカで発見された最初のダイアモンドであることが証明されました。
この石はユーレカ(シメタという意味)と名付けられ21、25ct ありその後 イギリス総督府に500ポンドで買い上げられました。
ヤコブの宝物だったキラキラ輝く石は、南アフリカのダイヤモンド鉱床が発 見されるキッカケとなり、その後、多くの山師達がこの地区に集まって来て
ダイアモンドラッシュに湧いたということです。
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ダイヤモンド(南アフリカ偏)
恋の一念岩をも通す
14世紀頃、オランダにたいそう真面目で仕事熱心な若い研摩工がおりました。
彼の名はベルリエといい、片足が不自由でした。
彼は親方の一人娘と恋におちましが、親方はなかなか許してくれません。
しかし、ベルリエは諦めず再三再四頼みました。
とうとう親方もその熱心さに負けて、ある日彼に言いました。
『ダイヤモンドを磨きあげる方法を考えたら、娘を嫁にやろう』
その当時の研摩技法は、まだ幼稚なもので、原石の表面の曇りや、付着物を 取り除いて磨く程度でした。
ベルリエは、毎日毎日寝る事も食べる事も忘れて 熱心に研摩と取り組んでおりましたが、簡単には旨くいかず月日ばかりが 過ぎていきました。
万物の中で一番かたいダイヤモンドを研摩する事は、 当時はまだ不可能とされていたのです。
そんなある日、ベルリエに一つの考えが閃きました。
『鋼鉄を研ぐには、鋼鉄をもってするではないか!然らば、ダイヤには、、』 恋の一念岩をも通す。
こうして、ベルリエはみごと研摩技術を考え出し、 めでたく娘と結ばれる事ができたのです。
この恋のおかげで、ダイヤの美しい輝きが生まれたのでした。
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ダイヤモンド
迷信 (1900年初期)
ボルネオのダイヤモンド鉱山で働くマライ人や中国人の間には、灰色と黒色の 芯を内包している結晶のダイヤモンドが見つかると、このダイヤは働く人々に
幸運をもたらす石と言い伝えられ、とても神秘的なものとして捉えられている。
彼等は其れを「ダイアモンドの精」と呼んでいて、その石を発見したものは幸 せを約束されると云う。
しかしその反面、一度この種の石が産出するとこれは 不幸の最大の印であるとも云われいて、其の鉱山がどんなに豊かでも採鉱を止
めてしまうのである。
鉱山主がいくらそんな話は迷信だからと云っても聞く 耳を持たず、他の鉱山へ移ってしまうのである。
これは「ダイアモンドの精」 が鉱山から離れてしまえば、どんな災いが怒るか解らないと恐れるからなのです。 |
アメシスト
ギリシャの酒神バッカスが、ある日ひどく腹をたて、その腹いせに最初に 会った人間をそばにつれていたトラの餌食にしてしまおうと思い付きました。
やがて出会った不幸な人はディアナの神殿に参拝しようとして 美しく着飾った清純な乙女アメシストでした。
バッカスにそそのかされたトラが彼女に飛びかかろうとした瞬間 アメシストが神に祈ると彼女の身体は純白な石と化し受難を免れました。
その純白な化石の美しさに心を打たれたバッカスは自分の非を悟って その化石にぶどう酒を注ぎかけて供養したところ 白い石はたちまち美しい紫色に変わったという事です。
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